資格取得費用の返還義務

労働基準法第16条(以下、本記事においては「労基法16条」といいます)では、労働者の債務不履行等に際して、実損害の如何に関わらず、あらかじめ一定額の違約金や損害賠償額を定めることによって労働者の退職の自由を実質的に制限する足止め策を禁止する趣旨のことを定めています。

そして、この労基法16条に関して、近年、海外留学や技能研修についての費用貸与がよく行われたりしますが、その際、労基法16条とは切り離すべく貸与契約や金銭消費貸借契約を締結するケースが一般化しています。

ただ、例えば、一定期間の勤続を返済免除条件とする貸与契約や金銭消費貸借契約の場合、形式的には労働契約とは別個のものとしていても、その契約が労働契約の解約の自由を実際上拘束し、一定期間の就労を強制する実態にあるか否かがよく争点となります。

裁判例としては、会社が海外留学等を職場外研修の一つと位置づけ、業務命令として派遣を命ずるもので、研修費返還の合意が研修終了後の勤務の確保を目的とし期間内の退職者に対する制裁の実質を有するものであれば、労基法16条に違反とするとする判決(新日本証券事件ー東京地判平10・9・25)があります。

一方、留学の応募や留学先の選択が労働者の自由意思に基づくものであり、業務命令に基づくものでない場合には同留学を業務と見ることはできず、労働者は労働契約とは別に留学費用返還債務を負っていたに過ぎないとして、同合意は労基法16条が禁止する違約金等には該当しないとする判決(長谷工コーポレーション事件ー東京地判平9・5・26)などもあります。

さらに、古典的な事案である看護学生についての修学資金貸与事案において、修学費用貸与契約は、将来の看護師としての労働契約の締結および将来の退職の自由を制限する目的であり、就労を強制する経済的足止め策であると認定して、労基法16条に違反し無効する判決(和幸会事件ー大阪地判平成14・11・1)があります。

このように、今日までの裁判例は、研修費用などの貸与契約等が労基法16条に違反するかどうかを、

  1. 研修・留学費用に関する労働契約と区別した金銭消費貸借の有無
  2. 研修・留学参加の任意性・自発性
  3. 研修・留学の業務性の程度
  4. 返還免除基準の合理性
  5. 返済額・方式の合理性

等を総合的に勘案して判断されており、そこでは貸与契約等の対象である研修等が「職業訓練の一環」か「自己が負担すべき研修」かが基準とされ、貸与契約等の目的の「業務性」の認定が決め手とされる傾向にあります。

なお、タクシー運転手の普通第二種免許の取得について、コンドル馬込交通事件(東京地判平20・6・4)判決は、「第二種免許の取得は業務に従事するうえで不可欠であり、そのための研修は会社の業務と具体的関連性を有するが、同免許は個人に付され、会社を退職しても利用できるという個人的利益があることからすると、免許の取得費用は本来的には免許取得希望者個人が負担すべきものであり、本件研修費用返済条項によって返還すべき費用が20万円に満たないことからすると、費用免責のための就労期間が2年であったことが、タクシー運転手の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものとは言い難く、本件条項は労基法16条に違反するものではない。」と判示しました。

資格取得等の費用の返還義務については、諸事情を考慮して労基法16条に抵触するか否か判断する必要がありますが、今回の記事はその際のご参考となれば幸いです。